20代で5000万円の借金の連帯保証人にさせられた私の借金人生

私の人生は言うなれば借金まみれの人生です。

遡るに大学時代に就職活動をサボってまともな会社に就職せず、父親が興したインチキベンチャー企業に就職してから、私の人生がおかしくなってしまったのではないかと考えています。

あの時ちゃんと就職活動をして、まともな会社に就職していさえすれば、こんな借金まみれの人生は送らなくて済んだのではないかと思うと、なんだか悔しくなってきてしまいます。

20代で覚えてしまった夜遊び

それでも父親の興した会社は、創業から3年位は順調に回っていました。順調というよりはかなり儲かっていたと言っていいかもしれません。

私もそんな身分でもなかったのですが、肩書きは「専務」でした。

若社長若社長とチヤホヤされてしまい、会社のお金も比較的自由に使える立場でしたので、夜の遊びをこの時すっかり覚えてしまったのです。

女性に耐性も無いのに…

まだ女性に対する耐性もできていなかった私が女性に溺れていってしまったのは言うまでもありません。

お金でモテていただけなのに、すっかり自分がモテていると勘違いしてしまい、会社の経営がおかしくなって来た頃には、すっかりと夜遊びから抜け出せなくなってしまっていました。

給料が遅配気味になっても、私の身体は質素な生活などできない身体になっていましたから、毎晩消費者金融のATMに通って夜の世界に消えて行くのがすっかりと日課になっていました。

この時20代前半にして、既に借金はトータルで200万円をゆうに越えてしまう金額でした。私の人生は一気に転落していくことになります。

会社の借金の保証人に

そんな私に追い打ちをかけるような出来事が起こります。会社の経営状態が悪かった私の父親は、取引先の会社に5000万円の借金を申し入れ、それが許諾されてしまったのです。

但し融資の条件は若い私が連帯保証人になること。つまりは私は生贄にされていたわけです。

当時の私は保証人の怖さなんて知りもしませんでしたから、遊ぶお金が欲しい事もあって借用書に気軽にサイン。取り急ぎのお金は手に入りましたが、変わりに平和な人生をこれで失ってしまう事になります。

会社は倒産し、借金取りに追われる

それから会社が倒産するまでにそれほど時間はかかりませんでした。

一番始めに取り立てにやって来たのはこの5000万円を融資してくれたあの会社の人達でした。

基本的には私の父親が全ての対応はしていましたが、私の家まで彼らがやってきたり電話がかかってくることなど年中です。

そんな状況では再就職などもままなりませんから、私はずうっとフリーターをしながら返せる範囲の借金を返して、現在に至っています。

自己破産も勧められましたが、なんだか怖いし面倒臭いから手続きもせずに放ったらかしてあります。

でもこのままでは夢も希望もありませんから、そろそろ具体的な対応策を本気で勉強しようと思っています。


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