移りゆく「借り方」と現実

私は極寒の地秋田に住む四十路間際の男であります。

40年弱の人生の中で、本当に様々なところから、様々な方法でお金を借りてきました。

今回は、私の経験をご紹介したいと思います。

初めての借金

高校を卒業し、早くお金が欲しいと就職した先でのことです。

会社と取引している銀行の方から

「クレジットカードを作って欲しい。使わなくても良いから。」

と、銀行系のクレジットへの申込みを頼まれました。

そこで断ったら会社的にもまずいのかな?と思い、作るだけならと、2社に申し込みました。

カードを持った後も、しばらくは使うことがなく、あってもプロバイダの支払いなどに使う程度でした。

そのうち、お給料前にどうしても断れない飲み会の誘いがあり、ふとクレジットカードでお金が借りられることに気づきました。

銀行のATMで良く壁にカラフルなマークが貼られているのを思い出したのです。

そして、職場近くのATMでお金を借りました。

最初のうちは、クレジットカードというものは買い物をするためのもので、お金を借りるという印象はありませんでした。

しかし、いざ一度使ってしまうと、まるでそこに自分のお金が入っているような錯覚に陥ってしまいました。

CMが与える親近感

一度キャッシングに慣れてしまった人間は、あっという間に上限まで借りてしまいます。

まだその頃はリボ払いというものが普及してませんから、基本的に分割か一括返済です。

当然のように毎月の返済額は膨大になっていきます。

そこで考えるのは「他から借金して穴埋めしよう」ということです。

ここからいわゆる自転車操業になります。

さて、じゃあどこから借りようか、ということになります。

当時は消費者金融各社とも、様々なテレビCMを放映してました。

華やかで、おもしろくて、カラフルで。

そんなCMは私たちと消費者金融の距離を縮めます。

CMソングも口ずさめるくらい、毎日聴いてましたから、おのずとその中から借りる先を決めました。

当時は審査も優しく、簡単に借りることができました。

自転車操業ではあっても、いつかは返せるだろうと、思っていました。

給料も不況ながらも少しずつ昇給するだろうと。

とてもその後の日本の流れは想像できませんでした。

おまとめローンは本当のゴールではない

日本の不況が続き、会社の経営も決して順調ではなく、給料はなかなかあがりません。

そんなことをしているうちに毎月の返済はどんどん厳しくなっていきます。

このあたりから「リボ払い」なるものが登場しました。

毎月の返済が抑えられる、そんな夢をみて、タイミングを見て一括だったものをリボに変更していきます。

あとになって、リボ払い=元金がなかなか減らない、という事実に気づかされます。

その頃にはインターネットという情報媒体により、私たちも容易に様々な情報が手に入るようになりました。

そして、自分がどれだけ追い詰められているかを再認識したのです。

まずい、これはなんとかしなければ。

そう思って飛び込んだのは、金融機関での借金を一本化する貸し付けです。

保証人も必要でしたが、なんとかその時点で所有していたクレジットカード、消費者金融の借金をひとつにできました。

ここで、生活を改めることができていたら、今の自分はなかったかもしれません。

それまで自由にお金を使ってきた人間。

そのお金に対する感覚を直さなければ、いくら借金をまとめても全く意味をなさなかったのです。

増えていく負債、薄れゆく抵抗感

借金の一本化、とは言っても、これは債務整理や自己破産とは違います。

そのため、また別の借金をすることは可能でした。

生活も年相応になってくる中、お金の使い方も派手になっていました。

そうしてまた、お金を借りることになるのです。

インターネットというものは、様々な情報を提供します。

このあたりになると、普通の消費者金融はお金を貸してくれません。

それでもいわゆる「ヤミ金」に手を出さなかったのは、インターネットからの情報があるからだと思います。

今の自分が借りられるところを探すために、いろんな言葉で検索します。

「審査がやさしい」

「すぐ借りられる」

「保証人不要」

「ブラックでも借りられる」

そんな甘い言葉が飛び交います。

そうしてようやっと借りることができました。

あとになって、「簡単に貸してくれるけれども返済が滞ると大変なところ」であったことを知ります。

ちなみにこれもまた、インターネットから得た事実でした。

どこからも借りられない

この頃になると、毎月の給料よりも返済が上回ることもあります。

現在の日本は貸し付けの上限や、毎月の返済額の上限といったものが定められています。

最初からそういう中で生きている世代はそのことによって救われていると思います。

一度際限なく借りられた時代に借りるだけ借りた人間に、こういった上限や貸し渋りが降りかかると、もうどうしようもありませんでした。

消費者金融ですら貸してくれません。

それでもヤミ金に手を出す勇気もありません。

そうなると、あとは個人的に借りるしかないのです。

とはいってもその時すでに日本は不況のまっただ中ですから、貸してくれる友人などありません。

結局は、職場の上司や親戚に頭を下げることになります。

こういう時に、その月の返済分だけ借りるのは中途半端だったと今となっては思います。

1社でも、2社でも、完済してしまうくらいでないと、結局焼け石に水となってしまいます。

少なくとも実際にそういう状況になっている私が言うのですから(苦笑)

変化する借金の方法、変化しない残額

こうやって今まで自分が借りてきた歴史を振り返ると、本当に様々な方法で借りてきたことを再認識します。

そして全然変わることのない金銭感覚。

いくら借りても、ゴールはそこにはありません。

借金そのものが駄目なものだとは思います。

自分の収入、環境、家族、そういったものに見合った借り方をすれば良いのだと思います。

身の丈以上の借金ができた時代に生きた人間が今現在味わっている状況を紹介させていただきました。


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