売上が10分の1に、借金の返済で変わった私の人生

40代 男性 山形県

大学を出て東京の中堅の商社に就職、レディースの衣料を中心に海外から仕入れを扱っているうちに可能性を感じ、小売りで販売するお店を持つ夢ができました。

5年かけてこつこつと資金を貯めて、家を担保に開業資金を銀行から借りて、10年ほど前に独立、会社を起業してアパレルのネットショップを立ち上げて、いつかリアルのショップを持ちたいと考えながらスタートしました。

当初、売上を順調に伸ばして、楽天や、Yahooストア、ビッターズなどにも多店舗展開。それは面白いように売れました、スタッフも増やして一時期は10人ほどの体制となり、いずれプライベートブランドを立ち上げて、自社製品も作りたいと考えていました。

ところが、年々同様のアパレルのオンラインショップが乱立し、海外組も出てきて価格破壊が進み、単価を下げないと売れない状況が続き、急速に利益率が悪化しました。

また、ユニクロなどのファストファッションが台頭、かつては年間で数千万あった売上が、1/10までに落ち込み、まったく立ち行かない状況となり、あえなく廃業を余儀なくされました。

借入の返済に困り、自己破産かと思っていた時に、見かねて助けてくれたのが起業の時に相談していた当時の上司でした。

私をの独立を応援してくれたその元上司は、自分が進めたことについて責任があるといい、私の借金分を肩代わりして返済してくれたのです。

彼は、私よりも6歳年上で、私の独立の翌年に独立し、輸入家具の会社を起こしていました。

私と比べて、無借金経営の堅実な商売をし、着実に売り上げを伸ばしていき、現在ではたくさんの取引先を擁し、家具から輸入車まで輸入する立派な会社に育てていました。

とても情けない気持ちになりましたが、彼の懐の深さに感銘を受け、甘んじて好意を受けました。

もちろん肩代わりいただいた返済分は、彼からの借金ということになったわけですが、無子息、無期限で良いとしてくれ、その代り自分の会社で働いてほしいと言われ、私はあつかましいとは思いながら、恩に報いるべく喜んで働かせていただきました。

それから、とにかくがむしゃらに働き、給与天引きにされていた借金返済は3年で完済。

お金を貸してくれた社長は、よく頑張ってくれたと労ってくださり、私の働きぶりも認めてくれました。

私は、2年前からその会社の部長職として、社長を支えるべく職務を遂行しております。

もし、あのとき、社長が手を差し伸べてくれなければ私はどうなっていたかわかりません。

また、もしその借金がなければ今の私はなく、このような充実した人生もなかったのかもしれません。

そういう意味で、苦しい時期もありましたが、借金のおかげで今があると感謝しております。

この感謝の気持ちを忘れずに、これからしっかりとこの会社を支えて、いつか私も人に同じことができるように頑張っていきたいと思っています。


サブコンテンツ

計画的な利用が必要です

このページの先頭へ