離婚しかない・・・私のキャッシング地獄体験記

30代 男性 北海道


私は数年前、キャッシングの額が膨らみ、親族を交えての大問題に発展したことがあります。

その時のことを詳細に書き記したいと思います。

1、借金の始まり

私は会社員になる前、学生時代から金遣いが荒いタイプでした。

自分でもキャッシュカードの勧誘アルバイトをしていたせいか、カードというものに親近感が沸き、いつしか自分でも数枚のキャッシュカード、クレジットカードを持つようになりました。

当時使うお金といえば服代や飲み代などの遊興費と自分の趣味に使うお金ばかりで、有意義な使い方とは決して言えないものでした。

そして自分のカードが使えなくなった私は、当時付き合っていた彼女のカードを借り、使ってしまったのです。

彼女も最初は甘く見てくれていたものの、時間が経つにつれてお金のことで口論を繰り返すようになりました。

私は20代半ばで、当時はまだ主流ではなかった「個人再生」の道を選ぶこととなったのです。

2、個人再生後

現在では一般的になってきた個人再生。

自己破産の軽いものと考えていただければよいでしょう。

一度個人再生をすると、借金の額が大幅に減るうえ、7年間はカードを作ることすらできませんが、その間は自分自身への戒めという意味も込め、私はおとなしくしていました。

手続きもいっぺんに済み、書類ひとつで弁護士の方が簡単に行ってくれました。

これが後に私の心の隙を突くこととなるのです。

3、新たなる借金

時が経ち、私も30代半ばになりました。

結婚もし、子どもも一人もうけました。

そのころから生活費が足りなくなってきたのです。

原因は妻の浪費癖でした。

私は妻に頭が上がらなかったので、あろうことか個人再生後を狙って、新たに借金を繰り返すようになってしまったのです。

総額は300万円ほどまで膨れ上がり、当時とは比べものにならないほどの額でした。

それでも私はまだ軽く考えていました。

「あの時のように、弁護士さんに頼めば簡単に個人再生がまたできる」と。

ところが、そう簡単な話ではなくなってしまったのです。

弁護士の方いわく、私は個人再生を一度行ってしまっているせいで、初回より厳しく見られることは必須であり、現在の生活レベルを激減させなければ弁護士としても手が出せない状況だと言われました。

4、離婚、そして実家へ

私は全てを両親に話しました。

両親は非常に憤慨し、憤りながらも実家へ戻ることを許してくれました。

私と一緒の生活をしていては、妻にも迷惑がかかるので離婚をし、私は結婚後10年経って実家へ戻ることとなりました。

今回のことを経て私が実感したのは、クレジットカードやキャッシュカードを使う時は、「人の財布から借りている」ことを絶対に忘れてはならないということです。

恥ずかしながら、私は複数枚のカードを持っていながら、各キャッシング枠が余っていたので返済の補填に使い、すっかりそのことを忘れ、自分の第二の財布のように感じていたのです。

感覚が麻痺してしまった私が転落するのに、そう時間はかかりませんでした。

ひとつ言えることは、借金をするのは生活をするうえでしょうがないとしても、返済を滞らせたばかりか、二度目の個人再生で借金額が大幅に減るのだと勝手に判断してお金を借り続けていた私の責任は大きいということです。

従来の浪費癖、借金癖を直すため、私は今、実家で厳しくお金の管理をされながら生活をしています。

大の大人がここまでしなければならないのは、全て私に責任があります。

借金は想像以上に恐ろしい、それ以上にキャッシング地獄に嵌ると、抜け出すのに相当の時間がかかってしまい、社会的信用も失ってしまうのだということを多くの方に知っていただきたいと思います。


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