42歳の私が銀行と交渉、マイホームを持つのに苦労しました

年代(40代等)、男、三重県   

○ マイホームを持ちたいと考えた理由  

私は1年前まで近鉄名古屋線の桑名駅直近のマンション暮らしをしていました。

42歳で妻と中三と小六の子どもがいます。

勤務先は名古屋・栄ですので、桑名のマンションは通勤に頗る便利な処でした。

私の両親は桑名市に住んでいて、観光客向けのお土産を作っている老舗です。

江戸時代からの商家で今日まで続いていますが、転業して今は土産物屋です。

子供たちも成長して、マンションは手狭になってきました。

会社の同期の半分以上はマイホームを実現しています。

競争するわけではないですが、私もそろそろ欲しいなと毎日のように思っていました。

妻もそろそろ欲しいねと時々言いました。

マイホームの為の自己資金も丁度500万円貯まっていました。

両親にも話すとそろそろいいのじゃないかと賛成してくれました。 


○ 手ごろな物件を探す   

三重県人ですのでマイホームは県内にと思っていました。

しかも通勤の便がいい所で、生活の便利もいいところが希望でした。

団地では新物件がどんどん売り出しされれているのですが、老後の生活まで考えると買う気になれませんでした。

急行や特急が止まる桑名駅から歩いて10分以内ぐらいでいい物件がないかと毎日注意を払っていました。

不動産屋も月に一回は廻って情報を集めました。

そうしているうちに不動産屋とも顔なじみになり、色々な物件を教えてくれるようになりました。

ある時、不動産屋の社長と帰宅の電車の中でばったりと会いました。

気を許して色々な不動産情報を話してくれました。

その中で私の心に留まった話が、駅から5分の高台にある物件で95歳のお婆さん一人住まいの家だが、半年以内に施設に入る。

その際、住まいを処分する予定にしていると言う話でした。    


○物件が決まり銀行と交渉する    

その不動産屋を通じて其の中古物件を購入することに決めました。

もちろん土地代だけです。

建物はすぐ壊して新築します。

妻も子供たちも積水ハウスの建物が好きというので、ハウジングセンターを訪れて、銀行ローンの問題を含めてすべて相談に乗ってくれました。

私の収入を聞き、自己資金などをパソコンに打ち込むと直ぐに答えが出ました。

少し無理だが、妻にもパート程度の仕事をしてもらえば、無理なく家計は廻って行くと納得できる数字が出ました。

有り難いことに両親も自己資金にしろと言って500万円を出してくれました。

借入の手続きは銀行へ行って頭を下げることもなく、業者が全てやってくれたので助かりました。

自分で銀行へ行って交渉する手もありますが、業者のマニュアルに沿ってローンの手続きを進めるととても楽だなということがよく分かりました。

父の援助で自己資金が増えたので、全期間固定金利でローンを組みました。

私たちは今入居3カ月目の生活をしています。

新しい生活が始まり、皆さんに感謝しています。 


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