「金は命より重い」夜遊び、そしてローンの利子だけが増えていった

40代 男 愛知県在住

■お金の魔手

私が初めて借金をしたのは、わずか5歳の頃だったと思います。何かのカタログで見たヘビのおもちゃが欲しくて、たったの500円程度のお金を、月に50円もらっていたお小遣いから、分割で支払ったのです。

もちろん、当時の私に分割の意味など分かるはずもありません。親は教育の一環とでも考えたのでしょうか。

結局、そんな支払いのことなどきれいに忘れた私に代わり、親が済ませてくれました。

ヘビのおもちゃは一回遊んでほったらかし。そこで私が学んだのは、結局”お金なんて、後で払えばいいし、払わなくてもなんとかなるんだ”ということでした。

■初めての消費者金融

そんな私がお金に頓着などするはずもなく、成人したころにはバイクも車もローンで購入。

欲しいものはすぐに手に入れたい。私はそんな人間でした。その頃、同級生の間に流行っていたのが”ネズミ構”。

「滅多に連絡などしてこないような古い友人から突然誘われることがあったら気をつけろ」。

そんな警告を知った頃には、私はすでにダイヤモンドを買わされていました。サラ金へと連れて行かれ、50万円もする指輪を買わされていたのです。

■そして利子が増えてゆく

その頃はバブルの終末期でした。

派手に遊ぶ友人知人に憧れて、私はお金も無いのに無理して付き合いを続けていました。

実家暮らしだったので、とりあえ食う寝るには困りません。稼いだお金は全て夜遊びへと消えてゆき、それでも足りずにまた借りる。

私は24歳にして、信販系クレジット及び消費者金融のカードを合計7枚持ち、全て限度額一杯まで使いました。

当然、収支は赤字です。それでも返済日はやってくる。利子しか払えずまたカードを作る。ここに借金地獄が完成しました。

■そして貧乏の辛さを知る

貧乏とは、情けないものです。悲しいものです。義理も通せず見栄も張れず。

結婚式に招待されてもお祝い金が払えませんから、どんなに大切な友人のものであろうとも、欠席するしかありません。

彼女にごはんをごちそうすることも出来ません。親に旅行をプレゼントしようなど、夢のまた夢です。

「お金が無くば、何も出来ない」。そんな当たり前のことに気付いたのは、私がもう30にもなろうかという頃でした。

ここまで、私は都合10年もの間、ひたすら利子だけを支払い続けてきたのです。

払っても払っても減らない借金は、まさしく脱出不可能の蟻地獄。結婚だって出来ません。

当然、家族を持つことも出来ません。ただ働き、稼いだお金を右から左へ流してゆくだけの人生です。私は、絶望しました。

■光明は必ずある

お金には縁の無い私でしたが、不思議と人の縁には恵まれていたように思います。

真っ暗な私の未来に一筋の光明が差しました。それは突然のことでした。

現在では、弁護士事務所や司法書士事務所が盛んにテレビCMを流していますが、ほんの10年くらい前には、まだほとんどの人が知らなかった借金地獄からの脱出法を、私は運よく知ったのです。それは、「債務整理」。

「自己破産」とは違い、社会的なペナルティが皆無な「債務整理」をすることにより、私の借金は一気に無くなったのです。

近所に住む司法書士の先生が凄く親切な方で、裁判所への書類提出からなにから、親身になって、全て教えていただけました。

しかも、なんと無償でです。「こんなの自分で出来ますから。お金なんかもらえませんよ」と言って笑った、あの先生の人懐っこい笑顔を、私が生涯忘れることは無いでしょう。

■禁忌

「子供にお金の話をするなんて」と眉根を寄せる保護者の考え。まるで「禁忌だ」と言わんばかりに拒否反応を示す大人たち。

しかし、本当にそうでしょうか? 子供たちにこそ、大事なお金の話をし、教育を施すべきではないのでしょうか? 

浪費は習慣病だという識者もいます。ならば、そうならないように導くことが、大人の務めではないのでしょうか? 暴飲暴食による肥満や夜遊びを心配するより、そちらの方がよほど怖いと思います。

将来、私のようにならないために。未来の自分が、情けない思いをしなくて済むように。「そんなことを教えたら、我々の都合のいいように働かせることが出来なくなる。

使いづらくなるじゃないか、キミ」。この国には、そんな風に思っている”搾取者”がいる。私には、そう思えてなりません。


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