63歳男性が語る積極的な借金と、どうしょうもない借金の経験

私は現在63歳の男性で千葉県に住んでいます。

持ち家のための借金は返しながらも楽しい借金です。

30歳の頃に多少の貯蓄ができたので、将来の持ち家のための土地の購入は会社からの借り入れでした。

当時は高度成長期だったので、給与も上がる時代だったが、住んでいる地域の土地も急騰を始める頃でした。

それならばと会社の融資はとても有利だったので、土地の購入を決めて、貸付担当者と何とかうまく借りる方法を検討した。

その後35歳で会社の貸付けの最年少で持ち家することになり、借り入れの枠ギリギリで、何とか会社からの借金で達成した。

この借金は給与からの天引きで、まだ給与が上がる時代だったので、妻と返すのも楽しい借金でした。

その借り入れも退職前には繰り上げ返済ができて、自分の家の抵当権もなくなり、とても良い積極的な借金でした。

次女の大学の学費は娘の将来のためのこれも夢の借金でした。

50歳の頃に次女が薬剤師になりたいということで、学力不足から私立の薬学部に入学することになりました。

この大学の入学金から学費は何も抵当の担保のない私たちは自宅を担保にして、借り入れることにしました。

この借り入れは次女が薬剤師になったら、就職した後の給与で返済するという約束で、何とか銀行からの学費ローンで比較的低金利で借りることができました。 

次女は無事に大学を卒業して薬剤師になり、返済も一年間は私たちが支払い、その後は次女が返済することで順調です。

次女は他の同級生は親が全て支払っているとは言い出したものの弟の学費等の捻出も必要だと納得してくれたので、これも大きな問題はなく、次女の支払いももうすぐ終わる予定です。

最悪の借金は株式投資の負債の借金で消費者金融からのものです。

この借金は本来ありえない借金のはずでした。

というのも株式投資の原資は非上場だった会社が上場するために持株会が発足し、その持ち株が投資したお金の10倍にもなり、500万円の余裕資金ができたので、それをいかに増やすかという遊び心で始めました。

ところが信用取引の決済の失敗でとんでもなく原資を割り込み、マイナスになりました。

その穴埋めができなくなり、やむを得ず、妻に内緒で消費者金融から借入れました。

一度歯車が狂ってしまった株式投資はどんどんマイナスとなり、消費者金融から借り入れは支払いできない状態になってきました。

妻にも内緒ではすまない状態になったので、事情を話して対処法を相談しました。

その時に丁度私は定年退職することになりましたので、妻はその退職金で一気に返しました。

おかげで私は退職金の半分を使い果たしたので、妻には頭が上がらなくなりました。

借金にはここに述べたように持ち家や学費のように積極的な借金と信用取引の負債のような最悪の借金があります。

できれば積極的な借金をしたいものです。


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