夫がパニック障害、出産費用が足りなくて借金まみれに

30代 女性 東京都在住

・結婚生活は甘そうで甘くない

結婚生活で唯一失敗したことは、夫婦そろって借金があったこと。私はカードローンの支払いをしつつも、若干貯金があり、仕事もしていたので、それなりに生活はできていました。 

しかし主人の方は結婚前に自分の借金を反省し、債務整理をしましたので、月に弁護士に3万6千円支払っていました。

ところが、結婚から半年で主人が務めていた会社を退職。しばらくは失業手当をいただいていましたが、その手当も半年でなくなり、仕事が見つからないまま1年が過ぎました。

弁護士への費用は私が立て替えました。

やっと知り合いの紹介で就職先を見つけて仕事をしましたが、人間関係が原因で1か月も持たずに退職。

無言で私は旦那に内緒で、当時勤めていた会社に旦那を応募させ、仕事を紹介してもらいました。

やがて2年の月日が経ち、主人も転職がスムーズに出来、高いお給料をいただいていたので、弁護士への費用支払いも転職後に旦那が自力で支払い、在職中に完済しましたが… 

・パニック障害との闘い

ある日突然、主人がパニック障害に罹りました。原因は不規則なスケジュールと、閉鎖された空間での作業などです。

再び失業手当の生活が始まりましたが、それも底をつき、弁護士への支払いが完済した直後に作ったカードの支払が残っていたので、そちらも私が立て替えました。

仕事のことは聞くに聞けない状態なので、普通の会話以外込み入ったことはしないようにしていました。 

・妊娠、出産

結婚7年が経った日、妊娠が分かりました。当時営業支援の仕事をしていたのでほぼ外勤でしたが、切迫流産しかけていたので、内勤に切り替えてもらいました。

契約期間満了まで働くつもりでしたが、クライアント都合で契約は途中で打ち切り。産休に入るまでに有給が40日余っていたので、丸々消化しました。 

けれど、いつもお金のことしか考えていなかったので、出産費用も当然ありません。

健保のサイトで貸付制度があったのを知り、早急に連絡して、出産するクリニックに移る前に振り込んでもらいました。

無事に娘が生まれましたが、帝王切開の手術をしたため、クリニックにさらに20万円支払う必要があったのです。

お金が無いけど親には口が裂けても言えなかったのですが、そんな時にマルイのカードで20万円の融資枠があったので、何とか支払い、退院できました。保険をかけていたので、20万円は後日おりました。 

・育休、リストラ

しかし、育休とはいえ、給料の3分の1を2か月分支給される給付金や、出産手当金が出るまでは、貧乏生活を強いられました。

娘のオムツ代は確保しなければならないですが、幸い粉ミルクを嫌がったので、母乳育児で育て上げました。

育休中はもちろん給付金だけでは足りないので、ろうきんの育児ローンを使わせていただきました。

限度額の100万円まで借りられたので、半分はクリニックに支払った分やその他借りた分を返済し、残りは蓄えとしました。

やがて主人も再就職サポートで訓練校に通った後、就職先が見つかり、私も保育園が見つかったので、

1年3か月の育休を経て復帰しようと思った矢先、リストラを言い渡されました。

まさに会社に裏切られた思いでいっぱいでしたが、何とか1か月で復職先を見つけ、13年間務めた会社を退職しました。

・再就職先はブラック企業…その果てに

しかし、再就職した会社も子育ての理解がない会社だったため、1か月でクビになりました。

次に就職した会社は営業職でしたが、給料が手取りで17万円。その中から娘の月謝で6万円以上が消え、自宅の光熱費とローンの返済でほとんど生活ができませんでした。

すでに借りるところが何処もなく、風俗のバイトも考えましたが、面接で断られたため、最後の手段として法律事務所の門を叩きました。 

ここに書ききれないくらいの経緯を説明した結果、残された道は「自己破産」でした。

一家心中する方がよっぽど恥ずかしいので、まだ幼い娘を守るために、すんなり受け止めました。

手続きも淡々と行われ、翌年の4月に家裁に行き、免責が下りました。

生活はまだまだ苦しいですが、もう自分名義のローンは作りたくないですし、携帯電話の機種変更の分割が出来なかったり、引っ越しの際に部屋が借りられないなどの不便はありますが、お金に対する考えは変わりました。いつかは本当に笑える日が来ることを待ちながら日々過ごしています。


サブコンテンツ

計画的な利用が必要です

このページの先頭へ