安易な借金で家が競売に・・・トイレさえも公園で済ますハメに

私は現在67歳、定職を引退し年金生活をしています。

38歳頃まで順調な人生を歩み、東京都内に分譲マンションを所有していました。

初めて借金をしたのは所有するショッピングカードからの事でした。

当時はバブルが弾けて日本全体が後退ムードに覆われていました。

まだ経営する事業が横ばい状態ながら推移していましたので、この程度の借財は大丈夫であると考えていました。

借金は一度経験するとその安易な状況に慣れる事となります。

借金の使い道は遊興が殆ど、今になって思えば本当に無駄な事でした。

このカードは後に述べる事が原因で最終的に破綻する事になりました。

当時カード会社に呼び出され、その事務所で破綻のてつ手続きを遂行した恥辱感忘れる事の出来ない私の汚点の一つです。

話は前後しますが、経営する事業が某百貨店の倒産のあおりを受けるに至り、連鎖倒産となりました。

そこに至るまではありとあらゆる借金にあけくれました。従業員、各取引先に出来うる限り支払いをする為、一番最初に自身が所有するマンションに抵当権を設置、最終的に第三抵当まで登記され多額の借金を各方面から受ける事となりました。

沈み行く船から去るがごとく、従業員も居なくなり社の引越しを3日かけて一人で行いました。

とても惨めな思いでした。こんな努力も報われる事無く、多額の借金を背負い、倒産する事となりました。

仕入先各社との話し合いでの飛び交う怒号、批難の数々長い間耳から離れる事は有りませんでした。借金の総額は多額である事から、返済する術は全くメドの立たない状況でした。

幸いにして非正規な金融関係は事前に解消出来ました。

自己の保有するマンションは競売の憂き目となり、その話し合いの時、相手側から近所のカフェでどう喝に等しい仕打ちえお受けた事これも記憶に残っています。

当時は日々の暮らしにも困り、ライフラインは全て断たれている状態なので、トイレさえ近所の公園ですましておりました。

こんな生活状況であった為、気持ちは非常にすさんでおりました。

競売の落札相手からいくばくかの引越し代を得て、現住所に落ち着きました。幸い定職に就くに至り、路上生活等の恐れる結果とはなりませんでした。

その後金融機関からの督促、裁判の通知等色々有りましたが、現在この束縛から逃れる事が出来、平穏な日々を過ごしています。

借金のあげくそれを返す事が出来なかった事実は、自身の人生の中での最大の汚点であると思っています。

最後に借金は辛い事ですが、それを苦に幕を閉じる事の無い様、同じ思いをされている各位に強く訴えます。お金の為に命を落とすなんて馬鹿らしいですよ


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