結局、親に資金援助してもらっての脱サラ起業

50代、男性、埼玉県在住

■脱サラ起業計画

私は大学を卒業して一般企業に就職しました。

けれど、4~5年経ったころから「会社勤めは自分に向いていない、何か自分で起業したい」と考えるようになりました。

それで、「5年がかりで資金をためよう」と決意したのです。

結局、その会社を辞めて自分の店(小売業)をもてたのは、それから7年後でした。

すでに結婚していましたが、子どもはありません。

その身軽さが、脱サラ起業を可能にしたと言っていいでしょう。


■金融機関からの借金を検討

最初はあくまで自己資金だけでの開業を予定していました。

そのために7年がかりで、資金を貯めたのです。

30歳で結婚しましたが、妻にも最初から私の青写真を話していました。

彼女も積極的に協力してくれました。

ところがいざ店を開く段になって、自己資金だけではとても足りないことがわかったのです。

何らかの形での借金を考えなくて店は開けません。

そこで、さまざまな金融機関について研究したのです。

金融公庫を利用するのが一番よさそうだ、と思いましたが、返済の自信はありません。

なにしろ個人経営で、初めて経験する商売ですから、どれだけの売り上げが見込めるか、見当もつかないのです。

金融機関から借金できたとしても、それが店の経営を圧迫したのでは、何にもなりません。

頭を抱えてしまいました。


■結局、親の資金援助で開業

妻ともさんざん話し、時にはケンカのようになったこともあります。

「いっそ店はあきらめて、再就職を考えようか」とまで考えたこともあります。

そんなとき、父から電話がかかってきました。

父は私が開業資金のことで悩んでいることは知りません。

心配をかけたくないので、両親には一切話していなかったのです。

ところが「資金、足りないんじゃないのか?」と父は言うのです。

父には前に、開業プランの話したことがあります。

そのとき父は黙って聞いていましたが、特に資金面について「甘いプランだ」と感じていたのだそうです。

それで、どんなようすなのか、心配して電話をくれたというわけです。

地獄に仏とはこのこと、私は妻に相談することもなく、その場で借金を頼みました。

父は「最初からそのつもりだった」と言って、まとまった額(150万円)を、銀行振り込みしてくれたのです。


■「うしろめたさ」が借金返済のモチベーションに

妻には事後報告でしたが、「よかった」と喜んでくれました。

私としては、当初はまったく考えていなかった親からの資金提供です。

親にすまない気持ちと、男として情けない気持ち、そして「うしろめたさ」のような感情を強く抱きました。

それで、「返済はきちんとしていこう。金融機関から借金したつもりで、できるだけ早い完済をめざそう」と心に決めたのです。

つまり、「うしろめたさ」が返済のための強いモチベーションとなったと言っていいでしょう。

その気持ちも幸いしたのかもしれません。

店は思ったより順調で、毎月、定額ではありませんが、少しずつ父に返すことができました。

完済までは約3年かかってしまいましたが、それも今にして思えば、かなり順調な返済だったように感じます。

それにしても「親心」は、本当にありがたいものです。


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