貯金がない無職の男が出会った「絆」とは?

30代・男・東京都在住

■無職の銭なしスパイラル

無職には金がない!

これは良い高校を出て、良い大学を出て、良い会社に入って……といったレールから外れたことのない方には、とてもとてもわからない感覚だと思います。

しかし、終身雇用が崩壊した現代、誰が私のようになるとも知れません。

無職がどれだけつらいって、何しろ無収入で無安定、無保証ときたものです。

そんな状況で無貯蓄になると、もう大変!

これはもう生きるために借金するしかない。

というわけで、宣伝ではいかにもポンと貸してくれそうな感触のカードローンを頼るわけです。

ところが、世の中そんなに甘くない。

貸す側だってビジネスですから、定収入のない無職なんぞに銭は貸せないってことで、けんもほろろな扱いをされます。

「審査の結果、残念ながらご希望の条件ではお貸し出しできないということになりました……」

こういう答えを何度聞いたでしょう?


■頼るべきは他生の縁

カードローンも消費者金融も銀行ローンも、こりゃ失業なり何なりする前に審査を通っておかないとお話にならない。

この事実がおわかりになったでしょうから、さて次にどうするべというお話です。

本来ならば、親を始めとする親類縁者を頼るところでしょう。

ところが、私はさる理由からそうしたツテを頼れない状況にありました。

だいたい、こんなご時世ですから、頭を下げればお金がポロンと出てくるような美しい情勢でもありません。

ああ、どうしよう、大きな声では言えないような業者を探して、法外な金利を覚悟で借りるしかないのか?

そうした気持ちを赤裸々にSNSでつづったのです。

すると、互いに顔も知らぬ人が見るに見かねたらしく、お金を貸してくれるというではありませんか!

捨てる神あれば拾う神あり、貸さない人あれば貸す人あり。

一気に救われた心地になりました。

■タダより高いものはない?

ちょっと待った、と私の中で何かが警告しました。

「タダより高いものはない」

これは古今東西に通じる大原則です。

安易に話を受けて良いものか、信用してしまって大丈夫なのか……そういう逡巡はありました。

ですが、背に腹は代えられず、貧窮が身を蝕みつつあった情勢下では、一も二もなく飛びつくしかなかったのです。

「よろしくお願いします!」

私としても借りて返さないわけではありません。

しっかり返す意思はあるのです。

ただ、その時、必要なお金がなかっただけです。

誠心誠意でお頼みし、話をくださった方から20万円をお借りしました。

まっとうに働いていれば、1ヶ月で得られるようなお金。

ある意味では「たったこれだけ」のために、私は胃をきゅうきゅうさせながら苦しんでいたのです。

実際にそれが振り込まれたのを確かめた時、うれしいと同時に無力感も襲ってきました。

金に踊らされるのは、なんとむなしいことなのだろう……。

■「絆」はあった

貸してくれた方は、利子ひとつ要求しませんでした。

それなのに、即日で振り込んでくださった。

私にとって、これほどショックなことはありません。

人間の格というものを思い知らされたのです。

少しでも疑った自分が恥ずかしい。

ならば、全力で返済に向けて奮闘し、実際に返すのが借りた者の礼儀というもの。

身の回りの状況は決して良くなったわけではありませんでしたが、私の目に見える風景は一変していました。

「やろう」

そういう意気がみなぎってきたのです。

借金は月賦での返済にしていただき、四ヶ月後に完済しました。

その瞬間、体がすっと軽くなった心地がしたことは、一生忘れないと思います。

義理人情が廃れ、自己責任の名の下に、能力なき者が淘汰されるという現代。

そんな中にあって、窮民を見捨てない篤志の人がいて、まさしく「絆」の心でもって助けてくれることはある。

私はこの現実を大いに誇りに思いたいですし、今度は自分が助ける側に回りたいと、今また必死に倹約と貯蓄に励んでいます。


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