ギャンブルで借金まみれになり20代を棒に振ってしまった話

40代 男性 岐阜県

「ギャンブルに狂っていた20代の私」

私は現在43歳で飲食関係の会社に勤めますまじめな普通のサラリーマンですが、若い頃はどうしようもないくらいのギャンブル好きで仕事もしないで両親たちを困らせてばかりの毎日を送っていました。

高校を卒業しましてすぐに車を生産する会社に就職して働き出したのですがここの職場で知り合った先輩たちが皆ギャンブル好きで私はそれまでまったくギャンブルをやった事がなかったのですが、週末の休みになりますと先輩たちに誘われて競馬場や競艇場に行きました。

何度か目の競馬場に行った時に私は適当に予想して購入した馬券が500万円も当たってしまって仕事でお金を稼ぐのがアホらしく思えてきてしまって勤めていた会社を退社して毎日競馬場やパチンコなどのギャンブルをやって生計を立てるようになりました。

「ギャンブルはそんなに甘くはない」

当時パチンコなどは幾つかの攻略法などがあったり朝1番の大当たりがセットしてあるモーニングサービスなどがありましたので仕事をしなくてもそれだけで毎日生活をしていけれていたのです。

それから5年くらい経った頃にパチンコの規制がとても厳しくなりまったく勝てなくなってしまいました。

競馬のほうも同じようにそれまでずっと調子良くプラスで来ていたのですが、競馬のほうもまったく当たらなくなり徐々に貯めていた貯金が減っていってしまい気が付くと当時乗っていた車のローンだけが残る羽目になってしまっていました。

「それでもギャンブルはやめられず」

もうギャンブルをするお金もまったくなくなってしまったのですが完全にギャンブル依存症になってしまっていまして、実家の両親や祖母などに嘘の理由を言ってはお金を借りてギャンブルに行ってました。

しかしその頃はもう精神的に少しおかしくなっていまして競馬の馬券を買うときもまったく予想もしないで買ったりパチンコをやっていても台などをまったく選ばないで適当に座って打っていましたので勝てるわけがなくすぐにお金が無くなってしまっていました。

挙句の果てには消費者金融にもお金を借りて気が付くととんでもない借金を抱えてしまっていました。

「精神科でギャンブル依存症を克服しました」

私のおかしな態度に母親が気づき私を病院の精神科に連れて行ってくれました。

診断してもらうと完全なギャンブル依存症で脳が完全にギャンブルに洗脳させられていた状態でそれから私は母親に連れられ精神科に毎週通ってギャンブル依存症の治療を受けていました。

「立ち直り今ではまじめに働き借金を返済しています」

1年くらいかけて病院に通い母親と担当の先生のおかげでギャンブル依存症を克服する事ができました。

とても苦しかったのですが我に返りますと自分の愚かさと周りの家族などに迷惑をかけてきた気持ちが一気にでてきました。

それからはすぐに今の会社に就職をしてまじめに働き一切ギャンブルをやらないで両親たちや消費者金融に借りたお金を毎月しっかりと返済しています。

もう二度とギャンブルには手を出さないと心の中で誓いました。


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