保証人という言葉を軽く受け、重すぎる600万円の借金を負う

私は東京都で会社員をしています36歳の男性です。

私の借金経験はまだ私がうら若き20代だった頃に頃にさかのぼります。

私は大学を卒業してから普通の2部上場企業に就職し、まあまあ順調なサラリーマン生活を営んでいました。

ただし、会社は様々な警報器を販売するという地味な業種でしたし、先輩やベテランの社員を見ていると、決して「将来、あの人みたいになりたいな」といえるような人がいるわけでもなく、それなりになんとなく仕事をこなしていたというのが偽らざる所でした。

地道に勤めていた私に悪魔のささやきが…

そんなある日、私の親戚の叔父から電話がかかってきました。その叔父とは5年以上も会っていなかったので、私は「はたして何の用事だろう?」と訝しがって携帯の通話ボタンを押したのを覚えています。

私の叔父の電話の内容は、「会社を興すから手伝って欲しい」「儲かる商売だから親戚だけではじめたい」といった内容で、すぐに会って話がしたいとかなり急いだ様子で話をしているので、私も「じゃあ、話だけは聞いてみるよ」と返事をして、三日後に叔父と会うことにしました。

今思うと、それが私の借金地獄への入口だったとは、この時はまだ思いもしませんでした。

叔父がやろうとしていた事業は、使わなくなった天ぷら油から軽油を作り出し、それを自治体や企業の商用トラック向けに販売するという事業でした。

商社的にすでにできた、この「天ぷら油軽油」を売るというだけでなく、その製造技術の開発の所から叔父の会社ではやるという事で、まだ若かった私には、その事業は非常に魅力的に映っていました。

若かりしゆえ…

決めると即断が信条の私は、よく調べもせずに叔父にOKの返事を出し、勤めていた会社にも早々に辞表を提出して叔父の会社に勤務するようになりました。

オフィスも東京の恵比寿にあり、結構小綺麗。私は光り輝く将来に向けて、いわゆる「やる気満々」の状態でした。

勤め出してから2年ほどした時だったでしょうか。叔父から急にこう持ちかけられました。

「油精製のプラントを作ってくれる会社が見つかった。但し、プラントの費用として1億円かかる。

私は9千万円は準備できるが一千万円足りない。このプラントを作ってくれる会社が融資をしてくれるから、保証人になってくれないか?」

まだ若い私にとって、保証人なんてアパートを借りる時の「アレ」位にしか思っていませんでしたから、早々にOKして私はこの会社の社長さんと会い、借用書の保証人の欄にサインをして印鑑証明も提出しました。

叔父は無事にプラントの代金を支払い、私達の会社はいよいよ「売るもの」を作れる状態になったわけです。が…。

突然すべてが転落する…

プラントの投資に無理があったのか、会社の運営が急に厳しくなったようで、三ヶ月もしないうちに給料が遅配気味になり、その後オフィスも移転してとあとは転落まっしぐらのストーリー展開です。

半年間の遅配のあと、叔父は傾きかけた会社をそのままにして、失踪をしてしまいました。

叔父の失踪を嗅ぎつけたプラントの会社は、早々に私の所にやってきて、借りた一千万円の残高600万円の返済方法について私に詰め寄ってきました。

私は保証人なんて「形だけ」のものとばっかり思っていましたから、何をいい大人ががなり立てているのだろうと思っていました。

どうも自分がただならない状況におかれていると察知した私は、弁護士に一回相談に行きましたが、私は保証人は保証人でも「連帯保証人」になっているので、どう頑張っても支払いをするしかないという結論を弁護士から言い渡されました。

返すしかないだろう…

若かった私には、自己破産とはそういった言葉はあまりに重く、今にして思えば破産をしてしまえば良かったのですが、会社員時代にせっせと貯めていた300万円と相殺して、残りの300万円を五年間で返済をしました。

それからは色々と借金関係の法律なども勉強して、今では専門家も真っ青とまではいきませんが、かなり高度な知識を身につけて身を守るようにしています。

私にとっては高すぎる授業料でしたが、借金の保証人になり、その返済方法などに関して相当に勉強をしたおかげで、その辺の弁護士には負けない位の知識が身につきました。

今私はその知識を生かして、司法書士の資格を取るべく勉強をしています。


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